東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2075号 判決 1967年10月04日
控訴人 張仁泰
右訴訟代理人弁護士 斎藤富雄
被控訴人 大槻信子
被控訴人 久保田明
右両名訴訟代理人弁護士 岡崎源一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人大槻は、控訴人に対し、原判決添付目録第一記載の土地につき、東京法務局板橋出張所昭和三十九年二月十九日受付第五四四〇号、同目録第二記載の建物につき、同出張所同日受付第五四四一号の各所有権移転仮登記の本登記手続をなし、同目録第二記載の建物のうち、道路から向って表通りに面した階下六畳一室及び同二階六畳一室を明け渡し、かつ、昭和三十九年六月一日から右明渡済みにいたるまで一箇月金八千円の割合いによる金員の支払いをせよ。被控訴人久保田は、被控訴人大槻が控訴人に対し前項の所有権移転の仮登記に基づき本登記をすることにつき承諾をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。」との判決並びに建物明渡し部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。
≪証拠関係省略≫
理由
一、本件土地建物につき控訴人主張の請求原因(一)記載の抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記、同(六)記載の右仮登記移転の附記登記、同(五)記載の所有権移転登記がなされたこと、同(三)記載の代物弁済の予約完結の意思表示がなされたこと、中沢よしは昭和三十九年七月八日死亡し、被控訴人大槻(当時中沢)が相続によりその権利義務を承継したこと、被控訴人大槻信子が同(四)記載のとおり本件建物のうち、階下六畳一室を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によると、藤原雅昭は、本人兼被控訴人大槻信子及び中沢よしの代理人として、和興商事株式会社より、昭和三十九年二月十四日、雅昭、被控訴人信子、よしの三名連帯で、金百万円を、弁済期同年三月十三日、利息日歩四銭一厘、損害金日歩九銭二厘の約で借り受け、その担保として被控訴人信子所有の本件土地及びよし所有の本件建物につき抵当権を設定し、同時に弁済期に右金員を支払わないときは、右会社はその支払いに代えて本件土地建物の所有権を取得することができる旨の代物弁済の予約を締結したことが認められ、右の認定を左右するに足る証拠はない。
三、被控訴人らは、雅昭は被控訴人信子らを代理して右の契約を締結する権限を有しなかった旨主張する。≪証拠省略≫によると、雅昭は、当時被控訴人信子の夫であり、同被控訴人の母よしの養子(この点は、当事者間に争いがない。)として、同被控訴人らと生活をともにしていたが、事業に失敗し借財がかさみその返済に窮していたところ、友人の紹介で金融業を営む和興商事株式会社から金百万円を本件建物に対する抵当権の設定、代物弁済の予約を条件として借り受けることになったこと、しかし、雅昭は被控訴人信子やよしから右抵当権設定及び代物弁済の予約につき承諾を得る見込みがなかったので、被控訴人信子には全く無断で、一方よしには、当時よしが入院中の立正佼正会病院によしを訪ね事業のため友人から金を借りたいので保証人になってもらいたいと申し出でてその承諾をとりこれに必要と称して白紙委任状に同人の署名を得たうえ、同人から本件建物の登記済権利証が滝野川信用金庫に対するよしの借受金四十万円の担保として同金庫中板橋支店に保管されていること及び右借受金は割賦弁済により最終回分を残こすだけであることを聞き出し、同金庫において右割賦金を立替払いをして右権利証を入手し、自宅からひそかに持ち出した本件土地の登記済権利証、被控訴人信子とよしの印鑑に印鑑証明書などとともに右会社の担当者に交付し所要の書類を作成して前記各契約を締結したことが認められ、≪証拠省略≫中右認定に反する部分は措信できないし、そのほか右の認定を左右するに足る証拠はない。
右の事実によると、雅昭は、被控訴人信子を代理する権限が全くないのにその名義を冒用してほしいままに前記契約を締結したものであり、よしについては、雅昭が債務者として金百万円を借り受けるための保証人となることの承諾を得、そのための手続をする代理権を与えられたにすぎず、控訴人主張の代物弁済の予約については、いずれも代理権を付与されていなかったことが明らかである。
四、控訴人は、雅昭が基本となる消費貸借につき被控訴人信子及びよしを代理する権限を有していたことを前提として表見代理の成立を主張するから、次にこの点について判断するに、まず被控訴人信子については右に説示したように雅昭において同人を代理して右契約をなす権限を全く有しなかったものであるから同被控訴人については表見代理の成立する余地はない。よしについては、雅昭において同人から同人を保証人とする消費貸借契約を締結する権限を委任されていたことは前記認定のとおりであるから、雅昭がよし所有の本件建物につき代物弁済の予約をなした行為がその代理権の範囲を越えてなしたものであることは控訴人主張のとおりである。しかし、≪証拠省略≫によると、昭和三十九年二月十四日午前、雅昭が前叙のようによしを訪ねた際、よしの真意を確かめるため同道した和興商事株式会社の社員黒川貢作は、雅昭がよしに本件建物につき抵当権の設定ないしは代物弁済の予約の方法による担保とすることにふれず、事業のため友人から金を借りたいので保証人になってもらいたいと申し出でたことと聞いており、右黒川自身においてもよしに対し本件契約の趣旨を説明してその了解を得ることもなく、白紙委任状によしの署名を得ただけで捺印も求めなかったこと、滝野川信用金庫に対するよしの借受金の割賦金の支払い、本件建物の権利証の入手はすべて同会社が行っていること、同日午后同会社において、同社員が雅昭に指示して前記委任状に「本件土地建物を担保として和興商事株式会社より金員借用の件に関する手続一切の件ならびに金銭受領など一切の件」と委任事項を記入させて、よし名義の委任状を作成し、同時によし及び雅昭名義の立退合意書、被控訴人信子よし及び雅昭名義の金百万円の受領証、被控訴人信子、よし名義の仮登記に基づく本登記申請に関する各委任状などを内容白紙のまま名義だけ雅昭に記入させ、被控訴人信子、よしの印鑑を預かり、後日同会社において任意に内容を補充した事実が認められ、原審及び当審証人黒川貢作、同近藤正信の各証言中、右認定に反する部分は措信できない。
右の事実によると、和興商事株式会社は雅昭がよしの代理人としてなす代物弁済予約の代理権限につき、同会社の社員がその本人であるよしに面接した際、雅昭においてよしに対し保証人となることのみを求め、本件建物につき代物弁済予約について言及することがなかったのに対し、容易によしにつき本件借受金債務の担保として抵当権の設定及び代物弁済の予約をする意思があるかどうかを確かめることができたのにもかかわらず、この点につき確かめることなく、単に、よしの署名のみを得た白紙委任状の交付を受けただけで、雅昭に右の契約をなす権限あるものと信じ、その後の手続を進め、本件建物につき雅昭をよしの代理人として前記契約を締結したもので、この点において、同会社は雅昭に代理権限があると信ずべき正当の理由があるとは認めることはできないから、控訴人のよしについての表見代理の主張も理由がない。
五、以上の事実によれば、雅昭が被控訴人信子及びよしを代理して本件土地建物につき和興商事株式会社との間で締結した代物弁済の予約は、無権代理行為として本人たる被控訴人信子及びよしに対し効力を生じないから、右予約完結による所有権取得を理由として、被控訴人大槻信子に対し本件土地建物につき前記仮登記に基づく本登記手続及び本件建物の明渡しを求める本訴請求並びに被控訴人久保田明に対し仮登記に基づく本登記手続の承諾を求める本訴請求は、いずれも理由がない。
六、したがって、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。
(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 岡田辰雄 館忠彦)